cafe 156
~オペレーション監修と、シングルオリジンのしごと~
飛騨高山、工房「しずく窯」のうつわ。
チェコスロバキアから信州に移住し、築140年の古民家に暮らすイエルカ・ワイン氏の手作りストーブ。
壁や小物に散りばめられた、ライブペインティングパフォーマー、近藤康平氏のアート。
地元、御殿場のフラワーアーティスト「UEYO」の作品は、四季折々の変わりゆくもの、変わらないものの美しさで空間を彩る。
「noyau(ノワイヨ)」の焼き菓子、三島「KATSUMATA-EN」の和紅茶、カラダと地球に優しい「ベジレイク黒ちゃん食堂」のごはん、そしてこの店舗の開業以前から多くのファンを得てきた店主、たまちゃんこと参河環氏の特製タルト。
列挙にキリがない個性的なつくり手が、この空間の中で静かに息づいて、ときにゲストの感性を刺激し、いつ訪れても優しく質の高い時間を紡いでいる。
ふたつの大きなテーブルは大木の幹を縦に挽き割ったもの。それぞれの樹種が持つ個性、そしてひとつとして同じもののないチェアとともに、いつもゲストに特別な一席を演出してくれる。漆喰の壁、天井にはブラックアウトした小屋組。一見ランダムに吊り下げられたペンダントライトの数々はまるで星降る宵の森のような空間をつくる。
どこか懐かしさと美しさを感じさせる店舗のデザインを手掛けたのは店主の夫、建築家である参河基氏(バークレーの風一級建築士事務所)。
店主の夢であったカフェ空間は基氏と、彼の元に集ったこれまた個性的な仲間たちと共に作り上げられ、2017年の12月「cafe156」として産声を上げた。
当時のコーヒーラインナップは浅煎りで提供されるエチオピアのイルガチェフェ、ブルンジのブジラグヒンドゥワ、そしてこのカフェの開業に合わせて企画した「Decaf 156」。
カフェインを持たないコーヒーは生豆の生産工程で特殊な水溶液が用いられるため、通常の生豆に比べ品質のリスクを抱えている。「デカフェだから仕方ない」「デカフェなのに美味しい」で納得するのが嫌で、材料選定から焙煎、抽出まで、このメニューは今日まで磨かれ続けてきた。
イルガチェフェには「旅の途中」、ブジラグヒンドゥワには「はじまりの時」。
情報量が多く、敷居が高くなりがちなスペシャルティコーヒーを気兼ねなく楽しんでいただけるよう、それぞれのシングルオリジンには環氏によるサブタイトルが与えられる。それらはゲストがドリンクを選ぶときの手助けになるとともに、この場所で過ごす時間を彩る、小さな楽しみのひとつにもなっている。
当時固定だったシングルオリジンのラインナップは、ある時期からその時折の銘柄がロースターお任せで発注される形となり、後にフードペアリングに優れた中深煎りが追加された。
まだ工事中のキッチンでの試飲にはじまり、機材やオペレーションの監修、座学や技術面に関するスタッフ研修・共催イベントが繰り返され、cafe156とシエロの歩みは今日に至る。出荷元として、ひとつの悩みがあったことを今回のインタビューの中で打ち明けた。
浅煎りという仕上げはスペシャルティコーヒーの魅力や個性を表現するのに最適である一方、組み合わせるフードに対しお互いの要素を打ち消しあってしまう傾向がある。深煎りのコーヒーや紅茶と異なる点として、ひとつのドリンクとして完成されたバランスが思いのほか繊細で、ではどのタルトにどの銘柄のコーヒーが合うのかという話題になったとき、必ずしもそのチョイスが最高のアウトプットになりづらいという懸念であった。
この問題に対する答えは既に、cafe156のあり方の中に存在していた。
このお店において、通常のカフェにありがちな「ケーキセット」「セットドリンク」のようなメニューの扱いは行われていない。むしろ空間、小物、アート、フード、ドリンク、全てがそれぞれに高いレベルの個性とともに集い、ゲストは自分の感性でそれらを押し付けられるのではなく自由に、自然にチョイスし、楽しむことができる。
そういう自由があるから、シエロはドリンクに自らのフルスペックを表現しても、温度差なくお店の一部に溶け込み、独立と調和をもってゲスト・スタッフ共に楽しんでもらうことができる。
強い個性同士のぶつかり合いが生じないのは、このお店の最大の魅力である「たまちゃん」の絶妙な編集(集め、編み上げる)と、「等身大の時を楽しむ」というコンセプトに基づいて彼女の美意識が反映された心地よい一貫性によるものだ。ちなみに店名の156は、そんな店主の身長を表している。奇跡のような場所だと常々思う。
2022年の秋現在、シエロは6周年、cafe156は間も無く5周年の節目を迎えようとしている。
時が積み重ねてきたものは大きく、尊いと思う。定期的に(多くの場合、突然に)顔を出しても大して驚かれることなく、機材の調子を見ながらドリンクオペレーションに入ったり、スタッフや常連さんとの情報交換をしたり、自身もまたこのカフェの静かな時間を楽しんだりする。
参河夫妻とはお互いの価値観をよく理解し、たまに未来の話をしたりもする。その内容は「健康に、なるように楽しく」でいつも変わらない。周年記念の時期にかかる毎に、20周年のときは3人ともシワシワだね、と笑ったりもする。
まだ抽出オペレーションがペーパーフィルターからネルドリップに移行する以前、使用していたフィルターのメーカーによる情報不透明な仕様変更にあたり、外部情報を遮断して事細かな検証をした苦しみがお互いの思い出に残っている。関わっている誰もが公私とも忙しく、多少調子が悪いときはお互いを察することができる。全部、なるようになって、うまくいく。だから笑い話だ。そういう実力と魅力のある人たちが集っている。
“BE FREE” from Distance
等身大の美意識に整えられた、本当の自由。
つくり手として、そのコーヒーを余さず再生してくれるパートナーとの仕事は何よりも大切なもののひとつ。そういった仕事の中でお互いが成長し今日がある。このインタビューの中で、いつしかそこに、御殿場と名古屋という距離の概念というものが無くなったのを感じていた。
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